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師・田中敏溥から受け継いだもの(続) 「普通」「掃除」「愛と勇気」

投稿日:2026年9月28日 | 読了時間:約9分 | カテゴリー:設計思想


このコラムは、音声でも聴けます。
AIによる2人のホストの音声解説として制作しました。わたし本人の声ではありませんが、このコラムに込めた想いはそのままお届けします。通勤中や作業をしながら、どうぞ。


以前、チルチンびとの連載企画「田中敏溥の空間美とディテール」第2回の取材について書きました。

▶︎ 前回の記事:師・田中敏溥から受け継いだもの 「仲良くする」「単純にする」、そして構造家との出会い

今回は、田中さんから学んだことを思い出してみようと思います。

「普通が良い」という難しさ

田中さんは設計のあらゆる場面でこう言っていました。

「普通で良いんだよ」

どうしようか迷った時、田中さんはいつも言っていました。

「普通で良い」は簡単なようでいて実はとても難しいことです。普通と感じる人が半数以上であれば良いという多数決の話ではありません。クライアントにとって満足できるものであり、なおかつ、クライアント以外の人にとっても違和感がないものでなければなりません。

誰が考えてもそれしかない、特別なことをしているとは思われない。それが「普通」につながっていくのだと思います。

特別なものを望まれていない時は、普通に考えます。普通であるということは普遍であることにつながります。普遍を目指せば周りがどんどん新しくなっていく中で、結果的に普通のものが逆に新しく見えてくるのです。

特別なものには違和感や自己顕示欲、どこかソワソワするものが伴うのかもしれません。普通のものには、誰もがほっとする感覚があるのだと思います。


「街のことを考える」という視点

設計には外観を整える作業があります。窓の大きさや位置、高さを決めていく作業です。本来、窓は部屋の中から決めていくことが多いです。家具の大きさや部屋の使い方に合わせて決めていきます。ただ、同時に街を大事にすること、外観を整えることも大事です。どちらを優先すべきか、迷うことがよくあります。

田中さんが学生の頃、建築家の吉村順三先生(当時の教授)に、家の中と外、どちらを優先すべきか尋ねたことがあるそうです。吉村先生はこう答えたそうです。

「両方だよ」

片方だけを大事にすると、もう片方では違和感のある状態が生まれてしまいます。クライアントからは求められていない要望、つまり、街ゆく人が見て違和感を感じないこと。それにもきちんと応える必要があります。

自分だけが良ければいい、ということではいけません。「家は街のもの、街はみんなのもの」。田中さんがよく言っていた言葉です。


「挨拶と掃除」と、境界という考え方

田中さんは、毎日、自分の家の前の道を掃除しているそうです。そこで得た実感を、ことあるごとに私たちに伝えてくれました。それは、実際にやってみないとわからないことです。

そんな話を聞かされていたからか、私も街を歩いていると、よく掃除をしている方に出会うようになりました。決まって同じ方です。その方の家は必ずしも立派な建物ではなくてもどこか品を感じます。掃除をしている家は、道路際だけでなく、庭木の剪定など、他の部分にも手が行き届いていることに気づきました。

コロナ禍ではたくさん歩きました。そこで気づいたのは良い家の条件の一つに、掃除が行き届いていることがあるということでした。建物そのものよりも道路際の境界をどう整え、どう維持するかが、その家の印象に大きな影響を与えているのだと思います。

境界がうまく整わないと、お互いにギスギスしてしまいます。掃除は、その境界を、日々整えるための、一番身近な実践なのかもしれません。


「愛と勇気」

田中さんは、常々、こう言っていました。

「愛」という言葉は、みんな恥ずかしがって、なかなか口にできないんだよ、とも言っていました。

愛とは、建築に対する愛があれば、くじけそうになっても、投げ出さず、最後まで完結させられる力。勇気とは、新しいこと、難しいこと、知らないこと、不安なことにも挑戦できる力。

私だけでなく、多くの方が受け取った言葉でした。


まだまだある、田中さんから学んだこと

仲良くする:部材と部材の関係を整えること。壁と床の関係を整えるには、巾木が必要です。それと同じように、敷地と道路の関係も、生垣を植えるなどして整えていきます

相手の立場になって考える:自分本位であってはいけません。常に、相手が何を望んでいるかを考えて行動します

家具と建築と庭は一体のものである:家具だけ、建築だけ、庭だけで考えるのではなく、全部一緒に考えた方が、良い家になります

屋根は単純な方が良い:屋根が単純だと、雨も地震の力も、できるだけスムーズに、早く地面に伝えることができます

始まりと終わりを考える:途中は、何もしなくてもうまくいくのです。始まりと終わりを考えることが大事です

地球のことを考える:省エネルギーが基本。地球に負荷を与えない設計を考えます

境界が大事:境界がうまく整わないと、お互いにギスギスしてしまいます

1箇所に3つディテールを考えておけば良い:3つのディテールを組み合わせれば、家一軒になると無限の組み合わせになります。基本的なディテールは3つ持っておけば良く、特別なものが必要な時は、その都度考えればよいのです


おわりに

田中さんから教わったことは、一言では語りきれません。それでも、こうして言葉にしてみると、私が今、設計の中で大切にしていることの、ほとんど全てが、田中さんから受け継いだものなのだと、改めて感じます。


関連リンク:
・師・田中敏溥から受け継いだもの 「仲良くする」「単純にする」、そして構造家との出会い
・記憶に残る家をつくりたい わたしが、家づくりで大切にしていること

木下治仁

一級建築士/合同会社HKA 代表

1975年鹿児島県生まれ。田中敏溥建築設計事務所に13年間勤務し、2016年に独立、2024年に合同会社HKAを設立。東京・代々木を拠点に、木造注文住宅・古民家再生・リフォームの設計監理を手がける。ウッドデザイン賞2度、木の建築賞 職人のチカラ賞受賞。

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